061202 講演会

憲法改定はこの国に何をもたらすか
  〜平和・人権・暮らしのゆくえ〜

伊藤 眞(伊藤塾塾長、法学館憲法研究所長)
2006年12月2日(土)
 13:30〜16:30
市原市民会館小ホール
整理券 500円



講師 プロフィール

 1958年生まれ。
 15年間の司法試験などの受験指導のキャリアを活かし、合格後にどのような法律家になるかを視野に入れた指導を理念とする伊藤塾を開塾。それから10年、いまでは「カリスマ講師」と呼ばれている。
 同時に「憲法の伝道師」として、全国各地で日本国憲法の素晴らしさを情熱的に語り、日本国憲法第13条(個人の尊重)こそ、最も重要と訴える。
 現在は伊藤塾塾長、法学館憲法研究所長。
 著書は『明快!日本国憲法』(ナツメ社)、『高校生からわかる 日本国憲法の論点』(トランスビュー社)など多数。


● レジュメ(抄)

  憲法改定はこの国に何をもたらすか?
      〜国民投票法案に触れながら〜
                          伊藤 眞

一 今がどういう時代か
 1 ひとり一人が大切にされていない社会

 2 過去の教訓が生かされていない社会
   → 靖国問題、教育基本法改正問題


二 そもそも憲法とはどういうものか
 1 憲法とは何か

 2 憲法と法律の違い



三 個人の尊重(個人の尊厳)
  (1)「人はみな同じ」
  (2)「人はみな違う」


四 日本国憲法の積極的非暴力平和主義
 1 前文1項と第9条第2項
  (1)自衛戦争を含めて、一切の戦争を放棄
  (2)そもそも憲法は、国家や権力への歯止めを行うところに意味がある。
  (3)人道のための戦争などあり得ない

 2 前文2項
  (1)憲法は武力によらない平和の実現に貢献することが国際貢献だとする。
  (2)世界の構造的暴力をなくすために日本は何をするのかがポイント
  (3)平和を人権として主張(平和的生存権)


五 まとめ  日本国憲法の2つの特長
 1 世界の近代憲法の正当派の流れを引き継いでいるという特長
   (他国と同じところ)
   → 個人の尊重のための立憲主義(人権保障のための権力拘束)
      人類の英知の結晶

 2 日本の先進性の表れで独自のものであるという特長
   (他国と違うところ)
   → 積極的非暴力平和主義
      日本の英知の結晶


六 「改憲」論議について
 1 改憲の必要性

  (1)押しつけ憲法?
  (2)古くなった?
  (3)外国も改正しているから?
  (4)プライバシー権、知る権利などを保障するため?
  (5)第9条が理想論に過ぎず、非現実的?
    @ 人間の安全保障という世界の潮流の現実
    A アメリカの軍事戦略に巻き込まれる現実
  (6)攻められたらどうする?
    @ 具体的にどこの国がどのような理由で攻めてくるのか
    A 攻められたら軍事力を持っていようと同じ
    B 抑止力のためなら核をもつ覚悟と無間地獄の覚悟
    C 軍事力を持つことが今よりも国民を安全にするか、それとも危険にさらすか
  (7)外交手段としての軍隊は必要?

 2 改憲論議をする前に
  (1)憲法そのものをきちんと知ること
  (2)どこの誰が利益を受けるのかを具体的、現実的に考える
  (3)改憲に期待しすぎない
  (4)改憲によって国民ハより自由になるのか、不自由になるのか
  (5)憲法が「べき」論であることを忘れない

 3 改憲の影響
  (1)人権を制限する根拠が増える
  (2)文民統制は幻想
  (3)磁石論
  (4)引き返せない橋を渡る
  (5)世界への影響

 4 国民投票法案について
  (1)国民投票の意味を知ること
  (2)検討を要する個別の問題が山積み
      ・投票権者の範囲(何歳以上?)
      ・国民投票運動のあり方
      ・周知・広報のあり方
      ・その他の論点…周知期間、過半数の意義など
  (3)これまでは国民が必要としてこなかったから国民投票法がなかった


七 自民党新憲法草案について
 1 改憲案ではなく新憲法草案であること

 2 内容上の問題点
  (1)軍隊の創設
       第9条の2
       第20条第3項、第89条第1項
       第72条、第54条第1項
  (2)公の強調
      ・公共の福祉(人権相互の矛盾衝突の調整という概念)を否定
      ・個人を超える価値として国家とつながる公益や公の秩序を強調
      ・義務や責任の強調
      ・新しい人権を保障してはいない
      ・被疑者・被告人の人権は被害者の人権で制限されない
  (3)地方自治
      ・住民の負担義務を創設
      ・国と地方の役割分担
      ・地方特別法に関する住民同意投票を廃止

八 最後に……理想を語ってほしい
  (1)知と情の両方とも必要
      ・論理的に説得することと、感情に訴えることの両方が必要
      ・頭でわかることと、心で感じるこのと両方が必要
      ・しっかり学ぶことと、情熱を持ち続けることの両方が必要
  (2)理想を忘れないで、志を高く
      ・憲法は実践してこそ、意味を持つ

● 資  料
  ・ 日本国憲法・自民党憲法草案比較対照表(『朝日新聞』05.10.25)
  ・ 平和ケンポーの歌(作詞:松下佳紀、作曲:鶴勝英)楽譜
  ・ 自由法曹団編『国民投票法反対読本』

伊藤眞さんのメッセージ

(1) 世の中では起こりえないことが起こる
 親の仕事の関係で西ドイツに滞在し、ミュンヘン五輪選手村ゲリラ事件の前日に帰国した。
 ミュンヘンは地価が高い。それは東ドイツが侵攻してきたときに、すぐにスイスに逃げられるという利点があるから。ドイツは、東側陣営からの圧力、内側ではネオナチからの圧力を受ける中でボン基本法(GG)の価値を実現しようとしていた。そんな状況だから、ベルリンの壁は必要で、決してなくならないと思えたし、国防軍やNATO軍などの軍隊は必要だと当時は考えていた。
 それなのに、17年後に壁は崩れた。壁の向こう側にも仲間を作って行けば壁は崩れると、いまは考えている。

(2) 軍隊をなくそう
 自国を自力で防衛するのは当たり前である。しかし軍事力を実際に行使するのは汚い仕事である。その仕事を職業軍人にだけ任せるのは卑怯だ、国民皆兵が当然である。しかしわたしは軍人兵士にはなれないし、なりたくない。自己に出来ないことを他人に押しつけたくはない。だからわたしは、わたしに出来る国の守り方は、軍事力によらない国際貢献だと考えている。
 そもそも軍隊の任務とは、個々の国民の生命と財産を守ることではない。それは警察の仕事。軍隊は、領土や統治機構(政府)を守ることが任務である。

(3) 日本国憲法の「平和の構築」
 国境は人間が作ったもの。国と国との融和は可能である。かつては何度も戦ったドイツとフランス。だが、いまでは両国の戦争なんて、まったく考えられないではないか。各国との間に信頼関係を築いて行こう。
 日本国憲法は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」平和を構築しようと考えている。諸国民との信頼をベースにする憲法だ。ハリネズミのようにして身を守る、軍事力(不信)をベースにした憲法ではない。

(4) 最も大切なことは「個人の尊重」
 一人ひとりの「個人」のために国家が存在する。国家の運営は多数決で行われるが、多数決によっても奪ってはならないものがある。それが人権である。
 普段は多数派・強者の側にいる人間は、憲法や人権を意識する必要はない。しかしマジョリティはマイノリティの犠牲の上に立っていることを考えなければならない。マイノリティのおかれている境遇に思いをはせなければならない。人権を守るためには、こうした想像力(イマジネーションの力)が必要だ。

(5) 徴兵制
 もし憲法が変えられたとしても、すぐに徴兵制がしかれることはないだろう。
 まずはボランティアの強制=「意に反する」ボランティアから始まるだろう。地域社会の防犯組織・防災組織の訓練を頻繁に行い、指揮に従う態度を養い、集団行動の「快感」を味わせるだろう。
 こうして意識を盛り上げておいて、そのあとで徴兵制を導入しようとするだろう。

* メモをもとにまとめてみた。文責はQuappaにある。(2007.08.28)

● レポート
(1) 進行の問題点
 催事も回を重ね、なれてきたがゆえの油断というのだろう。開演時の打ち合わせが不十分で、司会役が反対サイドまで確認に来なければならないほどの、ドタバタが展開された。
 「あまり細かいことまで決めなくたって…」というのではなく、細かくないこともきちんと詰められていなかった。

(2) 講師の話
 レジュメはあったが、それとは無関係に話を展開した。大切なことがたくさん散りばめられていたが、印象を植え付けるような強調点がなく、焦点がぼやけた話だったと思う。締めくくりのあいさつでは、何を取り上げるかで悩んでしまった。
 伊藤さんは「憲法は国家権力をしばる規範で、法律は国民をしばる規範」と常々語っている。なぜそう考えるのかを知りたくて、事前に通告しておいたのだが、納得できる説明は聞かれなかった。

(3) 会場の雰囲気
 入り口に労組の旗が掲げられ、古参議員が居座っている光景は、旧来の左翼運動のそれである。市民連絡会は確かに労組や政党に依存しているが、あくまでも市民運動をめざしているのだから、参加団体はそのことを考慮して、党派色を前面に出すのは控えてほしいものだ。  (070829 記)